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法話
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因縁(その5)― 最勝の善身 ―   --平成19年8月--

「人身(にんしん)得(う)ること難し、仏法値(あ)うこと希なり。
今われら宿善(しゅくぜん)の助くるに依りて、すでに受け難き人身を受けたるのみに
非ず、遭(あ)い難き仏法に値(あ)いたてまつれり。
生死の中の善生、最勝の生なるべし。
最勝の善身を徒らにして、露命を無常の風にまかすることなかれ。」(修証義)

まず人間として生まれてきたこと、さらには仏教の教えに遇えたことは正に奇蹟の
因縁によるものであることを銘記し、さらに、その因縁は前世の善根によるもので
あると示されています。
そしてこの人間という最尊最上の命を無意味な無常の風にさらし無駄な人生を
送ってはならないと諭されています。

「爪上(そうじょう)の土」という譬(たと)えの話があります。
お釈迦さまがあるとき、左の手のひらに土を山盛りにして、それを、弟子の阿難尊者の
面前にさし出され申されました。

「阿難よ、お前は、大地の土の分量と、この手のひらの上の土の分量と、どちらが
多いと思うか」
もちろん阿難は、掌の上の土の分量は、大地のそれとは比べようもないほど微量ですと
答えました。

するとお釈迦さまは、「阿難よ、まことにその通りである。
丁度そのように、この世の中に生きとし生けるすべてのものと、人間として生まれた
ものとを比べてみると、それは大地の土の分量と、この手の平の上の土の分量のごとく、人間の生を受けるものの数は実に少ないのだ」と説き示されました。

まことに「人身得ること難し」です。
人として生まれる確率はまさに奇蹟の確率と言って良いでしょう。
するとお釈迦さまは今度は、手の平の土をごく少量つまんで、左の拇指の"爪"の
上に載せられ、ふたたび阿難尊者に訊ねられました。

「阿難よ、この爪の上の土の分量と掌の上のそれといずれが多いか」と。
阿難尊者は、「それはもちろん爪上の土の方が、これまた比べようもないほど
微量であります」と答えました。

するとお釈迦さまは、「阿難よ、まさにその通りである。
この世に生きとし生けるすべてのものの数と、人間の数とを比べてみると、それは
大地の土の分量と掌の上のそれの如く、まったく比べるすべもない程であるが、
さらに、たとえ人間として生まれてきても、覚者(仏陀)の教えに値うことのできる者は、この爪の上の土の分量のごとく、それは実に少ないのだ」と諭されました。

まことに「仏法値うこと希なり」です。
同じ人でありながら仏法に出会うことの出来る確率が奇跡的であることを
示されています。
開経偈は「無上甚深微妙法。百千万劫難遭遇。我今見聞受持。願解如来真実義。」と
説いています。 (※開経偈とは読経や、説法を拝聴する前にお唱えする偈文です)

「この上もなく妙(すぐれ)た法(おしえ)としてのこの仏法は、百千万劫を経るあいだ
にも容易にあいたてまつることはできない」というのがこの偈文の大意です。
一生のあいだに仏教の正しいおしえに会えるのは難値難遇(なんちなんぐう)の
因縁だというのです。
いまあなたが仏教に関心を持ち、このサイトを見て仏教の教えに触れているのも
実は大変な因縁があってのことなのです。

「今われら宿善の助くるに依りて、すでに受け難き人身を受けたるのみに非ず、
遇い難き仏法に値いたてまつれり。生死の中の善生最勝の生なるべし」(修証義)

「宿善」は「宿殖善根」の略語です。このばあいの宿は宿世すなわち前世のことです。
「宿善の助くるに依りて」は、前世に善根を植えつけておいたその功徳力に依って、
という意味です。

得ることの難しい人身(命)を得た上に、遇うことも希れなる仏法に値いたてまつる
ことができたというのは、決して偶然なことではなく、それはひとえに宿殖善根の
功徳力という因縁によるものであるというのです。

「生死の中の善生最勝の生なるべし」
このなかの「生死」とは六道流転の生死のことです。
仏教では、迷いの衆生は六道、すなわち地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の
六つの世界を輪廻流転すると説かれています。

その中で人間は「善生であり最勝」であるというのです。
まさに「人間」という最もすばらしい生命を授かった因縁を自覚すべきなのです。
「最勝の善身を徒らにして、露命を無常の風にまかすることなかれ」
その最高の人生を無駄に送ることによって、はかなくも尊い命を無意味な時間に
さらしてはならない、という意味です。

人間とは最高の存在なのです。
その最上で最高のせっかくの人生を無駄に送っている人がなんと多いことでしょう。
今日のニュースにも実に痛ましいものがありました。

30才台の男三人が何の関係もない女性を金目的で拉致し、ハンマーで殺害。
犯人の一人が死刑が怖くて通報したことで犯人達はすぐ捕まりましたが、彼らは
たった七万円で若い女性を惨殺し尊い命を奪ったのです。
なんたる理不尽極まる極悪非道残忍な事件でしょう。

また、あるスーパーの女性店員による同僚殺害事件もありました。
犯人の女性は元恋人がその被害者女性と結婚したことに嫉妬したのです。
嫉妬心もひどくなると人を狂わせてしまうのです。
その犯人は自分自身の人生をも棒に振ってしまいました。

このような事件は正に゛浜の真砂゛のように尽きません。なぜでしょう。
それは真実を見失うからです。
真実以外すべて迷いであり煩悩なのです。
人は迷いの存在なのです。
だからこそ真実を求めて絶えず精進しなければ、いつ何処で迷いから地獄に
堕ち込むか知れないのです。

残念ながら、今の世の中どんどん確実に悪くなっています。
世の中が悪いということは人の心が悪くなっていることにほかなりません。

ひとつの例ですが、昔は保育料や給食費を払えるのに払わないなどという人は
ほとんどいませんでした。
それが今何ですか。平成17年度だけでも総額22億円の給食費が未納だとか。
それもその多くが払えるのに払わない保護者だとか。督促に逆ギレする者もいるとか。

そんなモラルや常識のない親に育てられた子供こそ不憫です。
将来どんな大人になるのでしょうか。
推して知るべきです。
因果論を身につけることで悪道に堕ちることから救われるのです。

持論ですが、人が幸せに生きる方法を教えてくれているのが仏教です。
その基本が「因縁の教え」なのです。
その因縁の智慧を身に付ける方法、それが仏法なのです。
仏法を学び、その法に従って生きることで人は確実に幸福になれます。

合掌                          

       


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