千葉県南房総館山市にある曹洞宗のお寺です。水子供養・永代供養・ご祈祷などのお申し込みは当山まで。坐禅体験もあり。

曹洞宗 正木山西光寺

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法話

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十大弟子(富楼那尊者)--方便--平成22年9月

今回は富楼那(プンナ)尊者のお話です。

釈尊とは生年月が同じで十大弟子中では最古参でした。
特に弁舌に秀でていて"説法第一"と謳われています。

出身には異説あるようです。
一つには、インド西海岸の港町に生まれで、海洋貿易の大商人だった父親が女中に生ませた子だったということから無一文で生家を出て、薪や香木を売って生計を立て、やがて父親ゆずりの商才のお陰で大商人に成りあがりました。

ある日商人達がお釈迦さまの教えを唱えたり歌にして歌っているのを聞いて大変興味を持ち、是非一度釈尊に会いたいという願望を持ちました。
祇園精舎を寄進したという須達多(スダッタ)長者に頼んで面会が叶い、お釈迦さまの教えに感銘しそのまま出家してしまったとのこと。

もう一つの説です。
コーサラ国のカピラ城近郊のバラモン種族の生まれで、父はカピラ城主浄飯王(釈尊の実父)の国師で大富豪だったとか。
母は釈尊の最初の弟子(五比丘)の一人である阿若憍陳如(アニャキョウチンジャ)の妹だったとのこと。
幼い内から聡明で釈尊の成道の噂を聞き鹿野苑へ赴き釈尊の弟子になったとか。

彼は優秀で舎利弗から徳風を慕われ、よく問答を行い、その見識をお互いに認め合ったとか。また阿難は彼の弁才を比丘の新人教育の手本にしたとか。
特に弁舌にすぐれていたといわれますが、迦栴延が哲学的な議論を得意とする学者タイプの"論議第一"だったのに対し、富楼那は人情味のある大衆向き説法を得意とした庶民派タイプの"説法第一"だったのです。

また彼は特に殉教的精神の持ち主だったことでも有名です。
ある時彼は遠い未開の土地に布教に赴く決心をしました。
釈尊が「その国の人々は凶暴であるから、もし汝に辱めをしたらどうするか?」と聞かれたのに対して、彼は「もし私を辱めたとしても命までは奪わないから彼等を善良な民と考えます」と答えました。

釈尊がさらに「では、もし彼等が汝の命を奪おうとしたら?」と聞かれたのに対して、「世の中には自ら命を絶つ者もいます。だからこの老朽の身に殉死を与えてくれる人は善良であると考えます」と答えました。
釈尊は「よいであろう。行くがよい。行って彼の地の人々を教化救済するがよい」と申され、彼を賞賛されたといわれます。

彼は阿羅漢果を得てさらにその天与の弁才と布教の信念のもと、遂には9万9千人の人々を教化したと伝えられています。

富楼那

「世尊よ、『方便』についてお訊き致します。いったい方便とはどういう意味でしょうか」

世尊

「『近づく』とか『到達する』といった意味である。
近づくものとは、『正しい目的』であり、正しい目的とは『悟り』である。
悟りに導くための正しい手段をすなわち「方便」と言うのである。
それにはまず相手を思い遣る配慮の心がなくてはならない」

富楼那

「その場合、相手を思い遣っての結果嘘をついてもよいものでしょうか。
"嘘も方便"として許されるでしょうか」

世尊

「嘘と方便はまったく異質である。方便は決して嘘ではない。
正しいことをいっても嘘は嘘である。
わたしが言う方便とは悟りへの"比喩"といったらよいであろうか。
"方便"の意味のわかる話を紹介しよう。

キサー・ゴーマミーという名の女がおった。
彼女は何よりも大切な一人息子を病気で亡くしてしまったのだ。
なんとしてでも息子を生き返えらせたいとの想いから、あちこちの祈祷師や魔術師、医者や行者を訪ねて頼み込んだが、もちろん死んだ者の命を蘇えらせることなどできる筈はなかった。

ついに私の噂を聞きつけて私のもとを尋ねてきたのだ。
そして言った。
『世尊よ、あなたはこの世で苦しんでいるすべてのものにあわれみをかけてお救いくださるとのことです。どうぞ私の息子の命を取り戻してください。
そのためなら自分の命さえ惜しみません』

そういって嘆き悲しんでいる母親に向かってわたしは次のように言ったのだ。『よかろう、お前さんの息子を救ってあげよう。それには条件がある。
どこかで少しばかりの芥子の種をもらっておいで。
ただし、普通の家からではダメだ。今まで一人の死人も出したことのない家の芥子の種でなければダメだ。さあお行きなさい。

『わかりました。なんとかそんな家の芥子の種をもらってまいります』と言って、息子の遺体をそこにおいて外に飛んで出ていたのだ。
彼女は必死になって村中の家を訪れ『こちらさんでは今までにどなたか死んだ方はおられないでしょうか?』と尋ね歩いたのだが、今までに死人が出なかった家などどこにもなかたのだ。

一軒残らず村中を回った彼女は、はじめてわたしの言葉の意味に気が付いたのだ。つまり、生まれたものはいつかは必ず死ぬ運命にあるここと、一度死んでしまった命は絶対に呼び戻せないものだという真実を悟ったのだ。

わたしのところへ戻ってきた彼女は静かに息子の亡骸を葬って、わたしの弟子になったのだ。

富楼那

「なるほど、このような場合に、ほんとうはあり得ないことでもいかにもあり得るように説きながら、相手に自然に自ら分からせるように導くことこそが『方便』であるのですね。よくわかりました」

世尊

「そういうことになるであろう。
あり得ないことをあり得ると仮定させて真実の姿を本人に気づかせる手段、すなわち、正しい目的へ導くための良い手段、これを真実方便というのである。
人それぞれであるからして、その人、その場、その状況に応じた方法で導く術なのだ」

富楼那

「『方便』とは、仏・菩薩が衆生済度のため、真実に導くための「はたらき」という手段であり、我々修行者はその術こそ研鑽しなければならないことがよくわかりました」

法華経二十八品の内の第二が「方便品」(ほうべんぼん)です。
品(ぼん)とは章の意味であり、法華経は四要品から構成されていて、方便品は「教」を、安楽品は「行」を、寿量品は「体」を普門品は「用」について説かれているといわれます。「教」とは文字通り、釈尊の悟りです。

方便品の冒頭にあるのが次の経文です。
「仏の智慧は、声聞や縁覚など独りで悟った小乗の徒には、まったく知ることができないほど深遠なものであるという。
これを人々にわからせるためには、相手の能力に応じたもっともよい方法で、深い教えを説くことが必要となる。」

方便品は法華経二十八品のなかでも重要な教えだと言われています。それは世尊の教えの目的が明らかにされているからです。
ただ「教え」を聞く衆生の気根には浅深があるから、種々の"方便"を設けてこれを教え導いているというのです。

合掌

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