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仏教講座



■観音様  --その2--

観音様のお経「観世音菩薩普門品」と言いますが、この「普門」という意味は
「普(あまね)く衆生を済度するための入り口」という意味です。
「あまねく入れる門」とは、いつでもどこでも誰でも入れる門ということです。
前回、観音経とは「自らが観音様になる教え」だといいました。

しかし、「ただ何もせずに観音様になれる筈などありません。」ともいいましたが、
実はその答えとも言うべき解答が、この「普門」という門に入ることなんです。
誰でも観音様になるためにはこの門に入りさえすればいいのです。
では、この門に入るにはどうしたらいいのでしょう。

観音経は「一心称名」だと説いています。
「一心」に「南無観世音菩薩」と至誠をもってお称えすればいいというのです。
ただ形式的ではなく心から純一無雑にお称えしなければならないのです。
実に簡単なことのようですが、実はこれが大変難しいのです。

試しに何も考えずに「南無観世音菩薩」と称えてみてください。無心になりきって何回できますか。
最初から出来ないのは当然なんです。鍛錬よりも何よりも、その前にまず信じる気持ちが必要なんです。
観音様を「信じる」かどうかなんです。
まず「信じる心」が無ければ何事もはじまらないのです。

宗教は信じることから始まります。
信じなければ何も始まりません。
「信じる」ことが絶対条件なんです。
「信じる」次が「行ずる」ことです。
「信じて行ずる」ことで「無心」「無我」になれます。

「観音様」と一体になれた瞬間です。
その時こそ観音様が自分の中に入り込んだ瞬間なんです。
無心無我こそ無碍の心であり観音様の心なのです。
何にもとらわれない、何にも執着しない、何にもこだわらない世界が「無一物」の世界であり
「無尽蔵」の世界なのです。

何も無いが同時に全てのものが手に入るという涅槃の世界が出現するのです。
分別妄想の価値観の世界ではなく無相の絶対価値観の世界が出現するのです。
現在の人間世界は正に分別妄想の虚構の世界の中で苦しんでいます。
われわれ凡夫の心は貪り、瞋り(怒り)、痴(愚かさ)の三毒をはじめ
八万四千の煩悩によって乱れに乱れています。

人類が出現して数百万年、人間の歴史が始まってからすでに五・六千年にもなります。
文化文明・科学は想像を超えて進歩してきました。
しかし、人間は道徳的には全く進歩していない気がしてなりません。
知識はどんどん増えていますが、智慧はどんどん無くなっています。

世界中での詐欺、暴力、自殺、殺人、テロ 、戦争が益々増えている現実がそれを証明しています。
なるほど人間界が六道の内の修羅界の次の世界にあるのも頷ける気がします。
人類がこのまま下の修羅道と入れ替わって、畜生界、餓鬼界へと下方に落ち続け
地獄界に向かい続けるのでしょうか。

世界60億の人間は果たしてどこへ行くのでしょう。
イヤ、まだまだ人間はすてたものではないのです。
2500年前わが世尊釈迦牟尼仏が出世されました。
その意味は人類衆生の救済なのです。
もういいかげんに世尊の教えに眼を向ける時なのです。

次回からは観音経をとおして観音様について考えていきたいと思います。
合掌    
観音様(その1)

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